第42話『セィミヤの涙』
落ちる涙に映るそれぞれの思惑と国の行く末。
先代の真王、ハルミヤが闘蛇の襲撃が原因で受けた頭の傷によって亡くなり、新しい真王としてセィミヤが即位しました。が、ハルミヤがカザルム行幸で何を知り、何を考えて帰路についていたかは一切知る由がなかったことから、もう、いいようにダミヤの術中に嵌ってし待ってます。
(大体、一周忌も終わっていないというのに世継ぎの話を持ちかけるダミヤもダミヤですが、それにすんなりと応じるセィミヤもセィミヤです。・・・・・・って、別に仏教国でもないから服喪の習慣などないんでしょうけど。)
リョザという国自体、真王と大公という権威と権力の二極構造が限界に来ているのを辛うじて維持できていたのは、ひとえにハルミヤの神格性に寄っていたわけです。真王領民にとってはそれが国の安寧の拠り所であったわけですし、王宮の貴族たちにとってもそれによって自らの地位の安泰を図っていたのです。一方の大公領民としては、この国を文字通り全身全霊を掛けて外敵からの侵略を防いでいるのに、どんな思いで戦に出ているかすら理解しようとしない真王領民に対して怨嗟の念を溜め込んでいて、そんな心が『血と穢れ』(サイ・ガムル)という地下組織を生み出していたのです。
そんなところへ真王が闘蛇軍に襲撃されたという事実が生じてしまったのです。
この出来事はリョザ神王国の根幹を完膚なきまでに瓦解させる引鉄となってしまいました。
わずか5歳で即位したハルミヤは、王祖ジェより伝わる古の事どものすべてを知ることなく、それこそ純粋無菌培養された状態でリョザ神王国を統治してきたのです。で、カザルム行幸で初めて王宮の外を知り、ついでにエリンから祖先の真実を知り、イアルから自身の命を狙う者の正体をも知ることとなったのですが、これまたセィミヤには何一つ伝わることがありませんでした。
いわば、セィミヤはハルミヤ以上に無菌培養された文字通りの箱入り娘であって、そういう世間知らずであるにもかかわらず国を統治する権威だけはあるという、実に頼りなく、危ない状態になってしまったのです。
ハルミヤの葬儀、自身の真王への即位を終えて気持ちが緩んでしまったセィミヤは、自身の器にはあまりにも不釣合いな物を背負ってしまっていたことに心底で気づいてしまったのです。ただ、この時点でセィミヤは祖母・ハルミヤがなくなった事に対する悲しみが先にあったことから、セィミヤの涙には二つの意味があったことに、本人もまったく気づいていなかったのです。
世事に疎くて政を統べる人間というのは、得てして傀儡状態になるのは過去の歴史が雄弁に物語っているのですが、その例に漏れず、セィミヤもダミヤの流す涙と甘い言葉にまんまと嵌ってしまいました。
ダミヤの涙はどう見ても嘘っぱちにしか見えんし(-_-X)
リョザの権威の方がこんな体たらくであるのに対して権力の方である大公は、長子・シュナンがそのような国の現状を非常に憂いていました。セィミヤとシュナンの決定的な違いは、どれだけ広く物事を知っているのか、また、知ろうとしているのかという、自身の国に対する姿勢の違いだったのではないでしょうか。
シュナンは父に付き添うなどして戦場へと赴き、実際に戦の悲惨さを肌で知り尽くしている一方、セィミヤは戦を穢れたものとして忌み嫌うあまりに現実を知りません。その代わりにダミヤがリョザの国中を回っていたのですが、ダミヤの心の中にある欲望が取捨選択させた都合のいい情報しか知らなかったのですから、百の言葉をもってしても、シュナンが連れてきた重度の負傷兵を目の当たりにして、自分という存在の不確かさを知ってしまうのです。
ただねぇ、雨が降りそぼるサロウの花畑であんな逢瀬は反則だぞ、シュナン!
しっかも、告白ついでにプロポーズまでして、挙句にセィミヤの唇まで奪おうというのは、火事場泥棒にもほどがあるってものです。
それにしても、主人公の出番が冒頭の一言、時間にして10秒足らずっていうのは、なんなんでしょうねぇ。
【今回の『次回予告』】
エリンの身に重大な出来事が起こるときには必ず登場するエサル師が今回の出番でした。
でもって、『獣の牙』以上にシリアスでハードな話がエリンの身に降りかかるのですが、本当に原作どおりに次回以降、エリンを身体障害者として隠すことなく描くつもりなんでしょうか?
なにせ、次回は本放送の時間に家族揃って夕食を食べるのは自粛された方がよろしいと、老婆心から申し上げます。
ではまた。
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